Interview #04音楽とエヴァ、そして自転車。
デザイナー市古斉史の20年

グラフィックデザイナー 市古斉史

'90年代前半。クラブミュージックと1台のMacから始まった彼のデザイナー人生は、いかにしてエヴァと交錯したか?route2015インタビュー第4回のゲストは、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの劇場用パンフレットや映像ソフトのパッケージデザイン、『全記録全集』装丁などを担当するグラフィックデザイナー・市古斉史氏。10代の彼を夢中にしたナイトクラビングや、生まれ育った吉祥寺の街のこと。そして幼いころから好きだったパソコンやサイクリングカルチャーの世界。一見バラバラな要素が有機的に影響し合い、彼はいつしかアニメの現場へと導かれていた。

TGB design.
アートディレクター
グラフィックデザイナー
市古斉史
1976年生まれ、東京都出身。'94年に石浦克氏、小宮山秀明氏とともにグラフィックユニットTGB design.を結成。グラフィックデザインを軸に、映像やインターフェース、プロダクトデザインまでその表現は多岐に渡る。代表的な仕事としてはOVA『フリクリ』や映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズにおける映像ソフト等のパッケージデザイン、TVアニメ『キルラキル』のタイトルロゴ&テロップなどがある。その他、'01年発売の『LEGO qmpo』、'06年にグッドデザイン賞を獲得したdocomoの携帯電話『Music Porter X.』、同じくdocomoから発売されたエヴァンゲリオン携帯『SH-06A NERV』と、エヴァンゲリオンスマートフォン『SH-06D NERV』のデザインも手がけた。

好きな音楽と、1台のマッキントッシュ。
遊びの延長から仕事が生まれた90年代

「生まれは東京の井の頭。10代の主な遊び場といったら吉祥寺でしたが、あの辺って90年代の東京でも特殊な街でした。たとえば23区内だと青山ならファッション、秋葉原なら電気街とか、街のカラーもそこにいる人の雰囲気も違いましたよね。でも吉祥寺ってそうじゃない。アニメスタジオが多くて、『アニメイト』みたいなお店もある一方で、おしゃれなセレクトショップ、コアなレコード屋までがひとつの街の中に全部あった。色んなカルチャーが平列に存在してる場所だったんです。僕はそういうところで育ったから、様々なカルチャーに触れる機会が当たり前のようにあったんだと思います。逆に何かひとつの分野に病的にのめりこんだり、特定のカルチャーに対する妙なコンプレックスを抱くこともなかった。振り返ると、その辺がいまの仕事に対するスタンスにも通じていると思います」

3名の男性デザイナーからなるグラフィックユニット・TGB design.。その一員である市古氏は、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズにおける一連の劇場用パンフレットやDVD/Blu-rayパッケージデザインなどを手がける人物だ。ユニットの結成は、TVシリーズ『新世紀エヴァンゲリオン』放映の1年前にあたる'94年。美大を目指して予備校に通いながら、クラブミュージックを好んでいた彼らは、東京のクラブカルチャーを起点に活動をスタートさせる。仲間にイベントのフライヤー作りを頼まれ、遊び半分で作ったのが始まりだった。

「当時は一般人でもMacを買えるようになったころ。僕も高校生のときになんとか1台目を買えたのですが、デザイン会社に就職しなくても、Macさえあればデザイナーの真似ごとができるようになったんです。たぶん、僕らはそういう環境で仕事を始めた最初の世代でした。同じころに盛り上がっていたのが、東京のクラブシーン。僕らはそこで遊びながらDJやインディーズレーベルの人たちと知り合い、彼らから徐々にCDジャケットなどのデザインを依頼されるようになったんです。Macはソフトさえあれば映像や音楽も作れたし、僕自身もダンスミュージックが好きでDJをやってました。いま思えば、当時僕自身は“デザイナーになる”という明確な意識すら持っていなかったかもしれません」

Mac1台あれば、誰もがクリエイターになれる。平成不況と呼ばれた'90年代半ばの東京では、彼らのような“何者でもない”若者たちこそ街の主役だった。Tシャツ1枚から億万長者になるファッションデザイナーが原宿に現れたように、新しいファッションや音楽、アートの多くは彼らが集うクラブシーンから生まれ、やがてメインストリームに吸い上げられていった。

「Macの存在によってアンダーグラウンドな音楽やデザインがうまく連動するようになり、職業として回り始めた時代。僕らの活動も常にクラブシーンに寄り添っていました。逆に自分たちが理解できないことに関する仕事はやりたくなかったし、スキルも未熟だった。それでも食べてこられたのは、時代に助けられた側面もあると思っています」

結成からおよそ20年。TOYOTAやdocomoといった大企業、BEAMSやUNITED ARROWS、nano universeなどのファッション業界まで、今や様々な分野からラブコールが絶えないTGB design.。もともと彼らは各々がフリーランスのデザイナーであり、案件によってはチームで取り組むといった柔軟な体制で活動してきた。しかしそのフィールドは拡大し続け、現在ではインタラクティブ・メディアの設計からロボット、モビリティの研究開発にまで及んでいる。そんな事情から'15年には新会社TGB labも設立。様々な分野のクリエーターや技術者などのプロデュース&マネージメント業務にも着手した。彼らはこの枠組みをもとに、デザインとテクノロジーがより高次元で融合していくであろう、次なる20年を見据えているのだ。

「自分たちが心から賛同できることを仕事にする。そのモットーだけは、結成した時から変わりません」

個の感覚を活かしながら、より公に開かれたデザインへ。振り返ると、市古氏とエヴァンゲリオンが出会った'07年という時期は、その重要な過渡期だったかもしれない。route2015 第4回のテーマは、グラフィックデザイナー・市古斉史とエヴァの関係。音楽とアニメ、全く違うフィールドから出発した両者の20年間と現在を探ってみたい。

市古氏がデザインした『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズのDVD/Blu-rayパッケージ。外装は極限までシンプルなものだが、よくよく見ると印刷の質感や、中の着色されたプラスチックケースなど、細部までデザインが徹底している。収納棚などに並べたときの印象も美しい。