Interview #04音楽とエヴァ、そして自転車。
デザイナー市古斉史の20年

グラフィックデザイナー 市古斉史

突然舞い込んだ『フリクリ』の仕事。
そして未知のフィールドへ

彼らが手がける仕事の特徴として、プロダクトであればその本体だけでなく、パッケージから付属の説明書、あるいはプロモーション映像にいたるまで、ユーザーが手にする商品や体験の“丸ごと”をデザインするという点がある。

「音楽好きなら分かると思うんですが、カッコいいCDやLPって、音源だけじゃなくジャケットも帯も全部捨てたくない。僕らはその延長上で仕事をしてきたから、何をデザインするにも無駄なモノは作りたくないんです。そうすると、結局は映像とか色んな技術が必要になる。僕自身は今もグラフィックの仕事が中心だけど、他のふたりは映像やエディトリアルも得意だったりします。そうやって興味のあることやスキルを少しずつ積み重ねていった結果が、いまのTGBなんです」

『レゴ』とほぼ同時期に舞い込んだのが、TVシリーズ『新世紀エヴァンゲリオン』の副監督でもあった鶴巻和哉氏が手がけたアニメ『フリクリ』のパッケージデザインだった。発売元のキングレコード担当者が、とあるデザイン業界誌に掲載されていたTGBの記事を読んで連絡してきたという。

「仕事としては本当に突然の話。3人の中では僕がいちばんアニメを観ていたので、必然的に僕の担当になりました。実は'97年くらいに10ヶ月ほどロンドンにいて、TV版エヴァは現地で観てるんです。でも当時の僕は音楽に傾倒していたので、アニメにはそれほど時間を割けなかった。むしろガイナックス作品と聞いて、小学生のとき衝撃を受けた『王立宇宙軍 オネアミスの翼』が頭に浮かんだくらいです(笑)。エヴァのブームを直接的に体感しなかったせいか、特に気負いは感じませんでした。当時ガイナックスは三鷹にあってウチの近所だったから、『あそこなら自転車で行けるな』とか、『憧れだったアニメスタジオに行けてうれしいな』とか、そんな感覚だったと思います(笑)」

仕事を引き受けるかどうかも、実は連絡があった時点では決めかねたそうだ。

「よくあるアニメ然としたデザインを求められるなら、それは僕の領域じゃない。音楽の仕事も同じですが、自分たちが知らないものを無理に表現しても、本当に好きな人にはウソがバレますからね。最初の打ち合わせの席には、鶴巻さんとキャラクターデザインの貞本(義行)さんも座っていました。話を聞いてみたら、いわゆる当時よくあったアニメっぽいジャケットにはしたくないと。鶴巻さんはそのころから、パッケージとしての価値を重視していたんです。あの時はまだネットの動画配信もなかったけれど、アニメは今後どんどんパッケージがなくなっていくことが予測できた。商品を作るなら、パッケージ自体に価値がないと意味がないって。最初にそういう話を聞いて、これなら大丈夫だと思ったんです」

当時まだ駆け出しのデザイナーだった市古氏にとって、それは勝手知ったる音楽業界とは全く違う、未知のフィールドに飛び出していった初めての瞬間でもあった。