Interview #04音楽とエヴァ、そして自転車。
デザイナー市古斉史の20年

グラフィックデザイナー 市古斉史

前代未聞のフリーペーパー
『EVA-EXTRA』のデザイン

「それと僕がいちばん驚いたのは、庵野さんのディレクション方針。映画本編だけでも忙しいのに、パンフレットひとつをここまでチェックするのかという。僕はその後もソフトのパッケージや『全記録全集』のデザインを担当しましたが、一連の仕事を通してその特有の感覚がだんだん分かってきた。ちなみに、その庵野さんのディレクションが全く入っていない関連アイテムとして、僕が関わっている唯一の仕事が『EVA-EXTRA』なんです」

『EVA-EXTRA』とは、『:破』の公開直前からカラー自らが発行し、コンビニやTSUTAYAなどで配布してきたフリーペーパーなどのこと。『新劇場版』シリーズの宣伝を自社で手がけるカラーは、このフリーペーパーを映画の広報手段として活用した。

「いまの若い子たちにも、エヴァに興味を持ってもらえるようなオシャレなモノを作ってほしい。編集担当の轟木さんからはそんな風に依頼されました。タイポグラフィやイラストの使い方など、アニメの仕事でやってみたかった表現をわりと自由にやらせていただいてます。この制作に関して、実は庵野さんは全くのノータッチ。パンフレットや『全記録全集』など、作品の一部となるモノ作りにはとことん関わるけれど、『EVA-EXTRA』のような宣伝材料はスタッフに任せる。ただ結局のところは、『EVA-EXTRA』に関わらないということまで含めて、庵野さんのディレクションになってるんですよね。そこのさじ加減が独特だと思います」

さらに市古氏は、『:破』以降のスタッフクレジットに“モニタデザイン協力”という肩書きで名を連ねている。アニメを熱心に観るファンでも、この肩書きはちょっと見慣れないものだったはずだ。なぜなら日本のアニメ制作において、『:破』以前の作品にそんな肩書きのスタッフはおそらくいなかった。

「簡単に説明すると、NERV本部の司令室など、劇中に登場するモニタの画面デザインについてアイデア出しに協力しました。声をかけて下さったのは、グラフィックデザイン好きで知られるカラーデジタル部の小林(浩康)さん。僕ももともとガジェット好きでいろんな機器を観ていたし、アイデアだけなら出せるかもしれないと思ったんです」

ミーティングは期間は数ヶ月に渡って行われたという。しかも市古氏のアイデアは『:破』の冒頭から早速採用された。

「アヴァンタイトルに出てきた3Dスキャンのモニタ映像ですね。ちょうどあの時期、3Dスキャナーなどが出てきて、粒子の集合体を使った表現が出始めたころだったんです。ワイヤーフレームで描くポリゴンではなく、ノイズのような粒子の集合体で表現されたCG。これはアニメにおいてまだ新しい表現だったので、取り入れたら面白いんじゃないかって」

『:破』公開時のトピックとしては、docomoからエヴァケータイ『SH-06A NERV』が発売されたことも挙げられる。本体の外装は庵野氏のデザインに基づくものだった。しかしボタン周りや操作画面など、多くの収録コンテンツでエヴァの世界観を表現したデザインは、ほかでもない市古氏が手がけたものだった。

「エヴァケータイはその後『:Q』公開の時期にもスマートフォンで発売されましたが、あのときは本編のモニタデザインに関するアイデア出しと、スマホのデザインが同時進行でした。だから、ミーティングで出たアイデアをスマホに取り入れたり、逆にスマホでやっていたことが映画に反映されたりもしています。あれは面白い経験でしたね」

『:破』の直前、'09年春からカラーより発行されたフリーペーパー『EVA-EXTRA』。新作の場面写真やイラストなどで構成されたビジュアルブックに近い内容である。その後様々な形態で8号まで発行。特に'13年夏にお披露目となった8号は、紙媒体ではなく新宿の映画館・バルト9の壁面で上映される映像作品という体裁をとった。このとき、映像の最後で『:Q』の公開日が初めて発表されている。ちなみに『EVA-EXTRA』のムービングロゴは、TGBの石浦氏がディレクションを手がけた。

'09年発売のエヴァケータイ『SH-06A NERV』と、'13年発売のスマートフォン『SH-06D NERV』。いずれもdocomoからの発売だ。表示フォントに極太明朝体『マティス-EB』を使い、インターフェース・デザインでもエヴァの世界観を丁寧に表現したこれらの製品。独特の作りだったため、docomoの様々なルールを突破しながらの製作となった。