ポートランドの自転車ムーブメントと
アニメ界の数奇なるリンク
市古氏のその後の代表的な仕事のひとつが、TVアニメ『キルラキル』のタイトルロゴやテロップの設計だ。フォントワークスの『ラグランパンチ』という書体をアレンジした一連の文字は、視聴者に強烈なインパクトを残した。
「『キルラキル』の仕事は、カラーの方からの紹介。同作でアートディレクションを手がけたコヤマシゲトさんから直接連絡をいただきました。アニメの仕事は監督が明確なイメージを持っているので、その良さをさらに引き出すのが僕の仕事。これはTGBの強みであり弱みでもあるかもしれませんが、僕らのデザインって外国人からは“クリーンだ”って言われることがあります。デザイナーの中には強烈に自己主張するデザインで支持を得る人もいるけど、僕らはちょっと違う。クライアント=自分たちが好きなモノなので、その魅力をしっかり引き出しつつ、いかに自分たちらしく仕上げるかを大事にしているんです」
本当に好きなことに関わる。ウソのない仕事をする。TGB結成時から、それが活動のモチベーションだった。最近の市古氏でいえば、趣味の自転車に関わる仕事もそのひとつだ。
「例えばロンドンのサイクリングウェアブランド『Rapha』の日本オリジナルグッズや、ポートランドのブランド『SPEEDVAGEN』のジャージのデザイン。国内だと『ブリジストンアンカー』のカタログもディレクションしました。今は特に、アメリカのポートランドから始まったサイクリングカルチャーが大好き。僕はアメリカでは無名なので、現地とSNSを通してイチから関係を築きつつ、繋がりを増やしているところです。日本ではまだこれからの分野ですが、現地の人と一緒にムーブメントを作っている感覚がたまらない。まだTGBの仕事というよりは個人的な活動に近いのですが、最近はかなりの時間をさいてます(笑)」
実はここ数年、アニメ関係者の間ではロードバイクが人気だ。市古氏が『:序』の仕事でエヴァに関わり始めたころは、当のカラーでも自転車に熱中しているスタッフが多かったという。最近でいうと、TVアニメも好評のコミック『弱虫ペダル』の影響が、リアルの自転車界にまで波及しているのが一例だ。
「そもそもアニメ界に自転車好きが多いのは、十数年前にスタジオジブリさんの主催で始まったアニメ関係者の自転車イベントだったと聞いています。エヴァのスタッフたちとは、そういう趣味の領域でもなぜかリンクしてる。不思議なものだけれど、これも結局はお互いがやりたいことを少しずつ積み重ねてきた結果なんですよね」
どういうステップを踏めば一流のデザイナーになれるのか。そんなことはたぶん始めから考えていなかった。音楽でも自転車でも、常に自分が好きなシーンや、そこにあるコミュニティに身を置いて真剣に楽しむことから仕事を作っていった。
「シーンとともに存在していない仕事は、今もやっぱり苦手意識があるかもしれません。エヴァのモノ作りも、規模は違っても自分たちのインディペンデントな精神と同じ部分があると思うんです。とてつもなくデカいことやってるのに、いざ中に入るとファミリー的な温かさがあるのは、きっとみんながやりたいことをやっているから。エヴァの何が好きかと言えば、そこなんです。新劇場版の仕事はいつも最後までハラハラしますが(笑)、そこに変な気苦労はない。みんなと出会えて良かったと思っています」
1994年、石浦克、小宮山秀明、市古斉史の3人で結成したグラフィックユニット。アンダーグラウンドからオーバーグラウンドを縦横無尽に行き来しながら、グラフィックからプロダクト、映像まで様々な分野のモノをグラフィックの延長としてとらえ、表現している。最近ではTGB labという新会社も設立し、更に活動フィールドを拡大。TGB labのWebサイトではエヴァ関連の案件をはじめ彼らの仕事が美しい映像で紹介されているので、ぜひチェックしてみて欲しい。