Interview #01エヴァンゲリオンが証明した、フォントのチカラ

フォントワークス株式会社

突然売れ始めた『マティス-EB』
最初はなぜだか分からなかった

デジタルとアナログの中間をとったような、柔らかく洗練された明朝体『マティス』は'92年にリリース。間もなく誕生したTVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』で採用されたのは、厳密には'94年に同社から発売された『マティス-EB』というフォントだった。

柴田:「当時エヴァを制作していたガイナックスさんは、イメージセッターというPostScript対応の製版用プリンタを導入していたんです。これは当時何千万円もした巨大なプリンタでして(笑)、アニメ制作会社さんでの導入例は他になかったでしょう。でも同社はMacとこのプリンタを使ったDTPによって、フィルム製版まで自社完結できるシステムを早期に整えたんです。これを、当時同社が製作販売していたゲームソフトのパッケージ印刷物などに使っていたんですね。ただそこで標準的にバンドルされている日本語フォントがとても少なかった。大手メーカーさんの数種類の書体がハードに入っているだけで、後からフォントをインストールして追加する形式自体が整っていなかったんです。一方で弊社は、PostScriptプリンタにインストールできるパッケージフォントを、日本で最初に販売したメーカー。つまりフォントを追加するなら、必然的にうちの製品しかなかった。それがすべてのきっかけなんです」

今回のもうひとりの登場人物、フォントワークス社内でいま最もアニメ業界に縁が深い三原史朗氏は'00年入社。'95年当時のエヴァはいちファンとして視聴していた。

三原:「当時はアニメ制作会社さんが文字を打つという考え方自体、なかったと思うんです。劇中に登場する文字は背景会社さんが『絵』として手描きしていましたし、オープニングやエンディングの文字も編集会社が用意していました。ですから、当時のアニメ制作会社さんがDTP用のフォントをご所望されること自体珍しかったはずです」

柴田:「そういう背景と我々が博多にいたこともあって、製品は売りっぱなしの状態でした(笑)。ただしばらくして、突然マティスが売れ始めたんです。なかでも『EB』だけ通常の3~4倍の注文が入ってくる。当時フォントって数万~10万円はした時代。なぜだろうと思ったら、東京の知人が『エヴァンゲリオンじゃないか?』と(笑)。私自身は昔からアニメや特撮が好きなので、放映を毎週楽しみに観ていました。でも当時はインターネット黎明期。正直なところ、我々もエヴァがあんなに盛り上がるとは予測できなかったんです」

三原氏の名刺入れ。'97年『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』公開劇場で購入したものだそうだ。

旧劇場版のタイトルや上写真の劇場用パンフレット内では、EBよりやや太めの書体『マティス-UB』が使われている。

Column

  • 03
    なぜ『マティス-EB』が選ばれたのか?

    エヴァのTV放映以前、自社で導入していたイメージセッターに追加インストールできる新しい明朝体フォントを探していたガイナックス。フォントワークスはイメージセッターの販売店を通してそのウワサを聞きつけ、自社の商品カタログを持ち込んだという。もちろん当時、そのなかの書体のひとつが後の『新世紀エヴァンゲリオン』に採用されることになるとは、知る由もなかった。柴田氏が後から聞いた話によると、カタログ内から『マティス-EB』を選んだのは庵野秀明監督自身だったそうだ。

  • 04
    『マティス-EB』の特徴

    たっぷりとした筆と墨を連想させる雄渾な書風。デジタル時代にあってもエッジの柔らかさとインパクトの強さを兼ね備えた、個性的な書体といえる。特に『EB』は、同じマティスの『L』と比べてもインパクトが強く、独特の情感も感じられるのがポイントだ。