Interview #03アニメーションの“謎”を解き明かす旅

アニメ・特撮研究家 氷川竜介

アニメ雑誌やムック本などを読む熱心なアニメ好きでなくとも、エヴァンゲリオンを愛する人ならば、その多くが氏の書く文章に触れたことがあるだろう。『route2015』インタビュー第3回のゲストは、アニメ・特撮研究家として名高い氷川竜介氏。エヴァにおいては、新劇場版各タイトルの劇場販売用パンフレットや、映画の公式資料集『全記録全集』に掲載された怒濤のスタッフインタビュー記事でおなじみの存在だ。70年代後半におけるアニメ雑誌の草創期から、氏が追い続けてきたテーマは一貫して変わらない。「人はなぜアニメーションに心を揺さぶられるのか?」。氷川氏はエヴァンゲリオンと関わり続けることで、そのシンプルかつ深遠な問いに対する答えの一端を見出そうとしている。

撮影協力/明治大学 中野キャンパス

明治大学大学院 客員教授
アニメ・特撮研究家
氷川竜介氏
1958年、兵庫県生まれ。大学在学中、'77年にサブカルチャー誌『OUT』創刊2号の『宇宙戦艦ヤマト』特集で編集・ライターを務め、以後数多くのアニメ・特撮のムック本やレコード制作などに携わる。'97年に初の著書『20年目のザンボット3』を上梓。現在はアニメ・特撮研究家として執筆活動や様々なメディアで解説等を行うほか、'14年より明治大学大学院・国際日本学研究科にて客員教授も務める。

90年代の大ブームに感じた、アニメファンとしての違和感

1970年代後半のアニメブームを契機に、大小様々な出版社から創刊されたアニメ雑誌。大学在学時に『宇宙戦艦ヤマト』ファンクラブの会長を務めていた氷川氏は、アニメライターという肩書きすらなかったその当時から大学に通いながら仕事を始め、記事を作っていた。

「当時の仕事といったらもう、何でも屋です。執筆だけでなく編集者として誌面構成もしましたし、ときにはカメラマンやデザイナーのようなことまでやりました」

今日に続くアニメ雑誌やムック本の基本的な構成要素は、ほぼ氷川氏の世代が見出してきたと言ってもいい。ある時期からはキングレコードでも活動を開始し、『未来少年コナン』のアルバム構成、『機動戦士ガンダム』のサウンドトラックなどにも参加。その幅広い経験が、現在のアニメ研究活動を支える見識の礎となっている。大卒後はメーカーに就職し、'01年に退職するまでは18年弱、電気通信系エンジニアを本業としていた。アニメにまつわる執筆活動には、'97年の著書『20年目のザンボット3』で本格復帰。エヴァの最初の劇場版が公開され、作品に対する議論がヒート・アップしていたあのころだ。

「『新世紀エヴァンゲリオン』のヒットは、単なるアニメブームの再来というよりも、それを内包するサブカルチャー全体の拡がりをもたらした点に特徴がありました。最初の劇場版が公開したころは、ちょうどガンダムブームから20年弱。日本のアニメはある意味、次なる成熟期を迎えようとしていたんです」

当時、アニメ雑誌やムックの多くはエヴァの話題で占められた。物語に心酔した熱心なファンは物語や設定の“謎解き”に没頭。同時に書店では謎本や考察本と呼ばれる幾多の関連書籍が平積みになった。それはSFからミリタリー、心理学、宗教まで様々なエッセンスを取り込んだエヴァの作風ゆえの現象だった。

「なかには、社会学や哲学といった領域まで広げてエヴァンゲリオンを語る、学術に隣接した本もあった。ただその状況の全体像に、肝心の“アニメーション”からどんどん離れていくような傾向も感じられました。エヴァンゲリオンの何がそこまで観客の魂を揺さぶったのか? それは誰のどんな想いから、どんな方法論で作り出され、どう的確に届いているのか? そこについてみんな意外と無頓着で、議論が白熱すればするほど、表現の真ん中が空洞化していくような印象があって、気になったんです」

ビデオテープからレーザーディスク、そしてDVDへと、映像ソフトを個人が簡単に保管できるようになった90年代。これは、常に映像に飢えていたガンダム世代のアニメファンからすれば本当にありがたい進歩だ。

「今では“コンテンツ”という呼ばれ方も浸透しましたが、逆にその“コンテンツ=中身”がもたらす心の作用が軽視されていると思います。録画できなかった時代、毎週TVの前で一喜一憂しながら感じていたような、作品とお客さんとの熱い共鳴関係。これは逆に薄くなったんじゃないかと。アニメが『鉄腕アトム』で隆盛になってすでに50年以上経ったけれど、音楽や映画ほど体系化さえされていない。ここで僕らの世代ががんばらないと、この先アニメーションは公的な文化として残らない可能性がある。まず、僕らが受け手としてしっかり作品を観て記録を残し、情報の整理と歴史化、感動の言語化をしていくべきだろう。そういう危機感もあり、'97年に率先して著作としての本を書いてみたわけです」

'97年の執筆活動復帰を契機とし、氷川氏は'01年に文筆業として独立する。そしてアニメ・特撮研究家としての専業活動をスタートさせた。

「そうした大きな契機を与えてくれたのが、やはりエヴァンゲリオンだったのは間違いないでしょう。そもそもこの作品自体、似たような“危機感”を描いていたという認識です。正確な引用でなくて恐縮ですが、地球の人口が半分に減った世界観は、当時衰退が感じられたアニメ界の暗喩だと(総監督の)庵野さんが語っていた。綾波レイのクローンについても、“魂はひとつの肉体にしか宿らない”という話に、あっと驚きました。あれもおそらく、当時エヴァが置かれていた状況を反映したものでしょう」