Interview #03アニメーションの“謎”を解き明かす旅

アニメ・特撮研究家 氷川竜介

『:破』の制作から見出したエヴァンゲリオンの本質

キャラクター紹介はおろか、あらすじすら書かれていなかった『:序』の映画パンフレット。しかし、11名のスタッフから抽出した“証言”を編み上げて書かれた氷川氏の文章には、他の一般的な映画パンフレットとは比べ物にならないほどの濃度があった。そしてこのときの11名と、新たに3名のスタッフを加えた総勢14名のインタビューを完全収録したのが、庵野秀明監修・カラー責任編集の公式資料集『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 全記録全集』だ。本編全カット・全台詞からなるフィルムストーリーや設定資料集のほか、作品にまつわるありとあらゆる情報を惜しげもなく収録した前代未聞の商品。氷川氏はこの制作にも携わっている。

「ヤマトが『全記録集』、ガンダムが『記録全集』と、かつてのアニメオリジナルヒット作は自社で資料集を出していました。エヴァもその伝統を重んじるということで、ネーミングはそのニコイチからきてます。『全記録全集』って奇妙な日本語かもしれませんが、それがリスペクトになっているのは庵野さんの芸風ですよね。一連の仕事は僕にとって本当に面白かったし、新発見の連続でした」

2作目となる『:破』でも、映画パンフレットの執筆を担当した氷川氏。前作の記事とはうって変わり、今度は鶴巻和哉監督へのロングインタビューのみで構成している。

「エヴァを壊すカナメを握っていたのが鶴巻監督だからです。エヴァンゲリオンの作り方に関する謎について、僕は『:破』でやっと腑に落ちた感覚を得ました。まず僕も以前はメーカーで工業製品を設計していたエンジニアですから、何となく分かるのですが、モノづくりは完成品になる前ならいくらでも手を加えられるけれど、完成させて終わった瞬間、もう作り手でさえも手を出せないものに化けてしまうんです。エヴァンゲリオンも90年代に一度完成させた作品ですから、簡単に新要素を追加したりはできない。キャラクターひとり増えるだけで、登場人物全員の関係性が変わってしまうのも、その代表例です」

鶴巻監督へのインタビューで語られたのは、いかにその完成品を壊していったかの一点だった。

「新キャラのマリを参加させるために、実は何度も何度も試行錯誤を繰り返していたんです。例えば、落下使徒(第8の使徒)を迎撃するとき、アスカとマリのタンデム(二人乗り)にしてみるとか。『:破』の制作は、そんな風に作品を作っては壊しの連続で、すべては“新しいもの”を作るためだった。かと言って、鶴巻さんがすべてをコントロールしたわけでもない。なのに完成した『:破』は、まるですべてが仕組まれていたように見えるんです。僕はそれで、90年代のエヴァでみんなが正解を探り合っていたとき、何となく感じていた違和感の秘密を、やっとつかめたような気がしたんです」

あのころのファンが夢中で探し求めていたものは、結局何だったのか。それは簡単に言ってしまえば、エヴァという世界の簡潔な“設計図”のようなものではなかったか。

「そんなものは、初めからないんです。だから、作り手さえも知らない新しいものができる。アニメでは最初から綿密な設計図を描き、それをブレイクダウンしてベルトコンベア式で淡々と形にしていくのが常道です。でも、エヴァではそんな作り方を否定している。庵野さんは前から“ライブ感覚”という言葉を使っていましたが、それも答えのひとつに過ぎないです。僕はこの新劇場版に、一貫して“アニメと自分の関係性を楽しもう”という体験重視のメッセージが込められていると思っています。アニメーション映像が人の心に作用する瞬間、何か大事な新しいものを伝えるため、徹底したスクラップ&ビルドを繰り返す。正解がないから、極限まで繰り返せるんです。そのために、100%をコントロールできる会社カラーを庵野さん自ら設立したと考えれば、すべて納得がいく。ジョージ・ルーカスやジェームズ・キャメロンなど、アメリカのヒット監督がプロデュースまでやるケースに近いですが、もっと大きな範囲で責任をもとうという気概を感じます」