Interview #03アニメーションの“謎”を解き明かす旅

アニメ・特撮研究家 氷川竜介

エヴァに取り込まれるというのは、こういうことなんだなって

新劇場版における氷川氏の初仕事は、『:序』のマスコミ向けプレスキットの執筆だった。

「プレスに続き、劇場用パンフレットの執筆依頼もいただきました。そもそも新劇場版は、新しくファンになる人たちに向けて作るという意図もあると聞いていました。だったらパンフレットの内容も定番のものでいいかなと勝手に想定していたのですが、ギリギリになってキングレコードさんが『スタッフ取材をして、リビルドを徹底解説しましょう』と。なにしろ本編の制作も佳境でスタッフの拘束が難しく、総勢11名に半日で話を聞くという過酷な取材を行いました(笑)。でも、取材しながら自分の中の使命感のようなものもどんどん強くなっていきましたね。新劇場版は、90年代とは違うデジタル時代に向けた新しい挑戦。このことを絶対に伝えなければダメだって」

庵野総監督が、自身の会社を新たに設立してまで、再びエヴァを作る。このニュースは旧作のファンに大きな驚きと期待をもたらした。しかし90年代のエヴァに熱中した人ほど、同時に「なぜ?」という疑問も感じたのではないだろうか。

「ある程度、仕方のないことでしょう。業界内でも、発表から公開直前まで新劇場版に対する反応は冷ややかでした。『またやるの?』『ただの再編集なんでしょう?』。そういう空気が流れていました。でもそうじゃない。TVシリーズを踏襲しながらも絵は描き直している。リビルドと称した根っこの部分には、デジタル技法、CGを取りこんで今後に対応し、アニメ文化を底支えしたいという明確な意思が感じられました。これは未来に向けた作品なんだ。それをいかに世に知らしめるか、そういう気持ちをこめ、全力で取材結果をまとめました」

「ほんのお手伝いのキモチ」で仕事を引き受けた氷川氏。だが彼は、この時点でエヴァンゲリオンの世界にすっかり取り込まれていたと言える。

「エヴァの現場にただよう、独特の不可思議さ。スタッフたちも口をそろえて語るんですが、エヴァの仕事はやり始めたらハンパじゃ済まなくなる。なるほど、こうやって取り込まれていくのかって感じです(笑)。自分も当事者になってみて、やっと実感できました」

かくして『:序』は、当初の業界にあった停滞ムードを吹き飛ばすかのような勢いで大ヒットを記録した。

「僕がいちばん感動したのは、アニメ好きの原点を思い出した光と色のスペクタクルに、リッチな音響。そして劇場に出向いたときの『新しい若いお客さんが来てる!』という手応えです。TVシリーズのとき、シンジくんと同じ14歳だった子が彼女連れで来ているのかも、という雰囲気。エヴァも女子と一緒に観てもらえる映画になったんだなと(笑)。僕自身、アニメファンの高年齢化とともに、アニメ自体がいずれ衰退するのではないかという危惧を感じていたわけですが、そこにちゃんと答えが出つつある感じがしました。アニメファンの世代が、確実に入れ替わりつつある。これほどの反響も、僕は正直予想していませんでした」

氷川氏が執筆した『:序』の映画パンフレットにおける記事。『特別記事:REBUILDの<謎>に迫る!』と題したこの文章の中には、新劇場版の制作意図がしっかりと示されている。所有している人は、いま改めてこれを読み『:破』『:Q』と見直してみることをぜひオススメしたい。きっと新たな発見があるはずだ。

コミックマーケットで定期的に発売される氷川氏の個人誌。商業誌では伝えきれない圧倒的な情報量で、熱心なファンも多い。ちなみに“ロト”とは、80年代後半からアニメファンの間で人気を博したパソコン通信『ニフティサーブ』における氏のハンドルネームだ。エヴァが放映された時期まで、氷川氏はここのアニメフォーラムで大量の書き込みを行っている。アニメフォーラム、特撮フォーラム設立時にはスタッフも担当していた。

Column

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    ニフティサーブとは?

    '87~'06年までニフティ株式会社によって提供されていた、有料パソコン通信サービス。『2ch』など匿名性の高い掲示板と異なり、各分野の専門家が“フォーラム”と呼ばれる会議室を運営。会員になれるのはクレジットカード所有者のみで、ハンドル名は使うものの、固定のIDに基づいた自分の責任で発言を交わす社会人向けネットサービスだった。
    氷川氏もスタッフをしていた“アニメフォーラム”は、Windows95でパソコンとインターネットが普及するまでの間、コアなアニメファンが交流を楽しむ場だった。業界関係者も多数参加しており、ガイナックスは自身が運営するオフィシャルのフォーラムも設立。'95年のエヴァの放映時には、ファンの生の声を反映して爆発的な盛り上がりを見せた。特にTVシリーズの最終話放映直後は、無数の会員たちが掲示板に集結し、その感情を無制限に吐露。氷川氏はこの出来事を“元祖ネット炎上”と呼んでいる。