困難を極めた
フィルムの照合作業
“テレシネ”という言葉をご存知だろうか。これはアナログなフィルムに焼き付けられた映像を、テレビ放送向けやDVD用などのデジタルデータ、つまりビデオとしての映像に変換するシステムのことだ。90年代後半から日本のアニメ作品の多くは手描きのセル画からフルデジタルに移行したが、それ以前の作品のマスターは、今もその多くがフィルムの形で残されている。つまり往年のアニメや映画フィルムを高画質化して発売する際には、必ずこのテレシネという専門的な作業が発生する。
雪田「エヴァTVシリーズのようなセル画のアニメは、大元の映像が35ミリとか16ミリのフィルムに納められています。ちなみにエヴァはOPとEDが35ミリで、本編が16ミリのネガフィルムで作られているんです。ソフトを作るにはそれをまずテレシネしてビデオ化し、カラリストという色の専門家がカラーコレクション(通称カラコレ)という作業で色合わせをします。それからフィルムの細かいゴミなどを消すレストア作業や、高画質化で見えてきた映像のアラを修正するといった工程を経て、最終的にソフト化するためのオーサリング作業を行います。オーサリングには例えば字幕を入れること、メニュー画面の作成やそれをリモコン操作するためのプログラムを組み込むといったことが含まれます」
藤森「単に映像を編集するといっても、そのプロセスは作品によっていろいろ。例えばフィルムに付いた目立つキズやゴミは、大概の場合は僕らの手で消していきます。でも昔のセル画には、細かい部分の色の塗り間違いですとか、絵柄に小さなミスを発見することも多々ある。こういった細部を修正するかどうかは、ソフトを販売するメーカーさんだけではなく、アニメ本編の制作スタッフさんとのやりとりも必要になるんです。つまり、それだけ時間もコストもかかってくるという」
雪田「なので大元がフィルムの場合、絵柄そのものを修正するケースって実は少ないんです。もちろんご要望があれば直しますが、大抵の場合は些細なミスは流すんですね。なぜならそういったミスも含めて、一度は完成して公開された作品でもあるから。作品としてそのまま残せばいいという考え方もあるんです」
例えば今回発売されるエヴァのDVD BOXは、'95年のTV初放送時の映像がそっくりそのまま収録された初の製品だ。これまで発売されてきたTVシリーズの映像ソフトは、往年のLDからDVDに至るまで、その絵柄に何らかの修正が少なからず加わっている。しかし今回のDVDは、リテイク前の絵柄からフィルムの劣化に起因するノイズに至るまで一切の修正を加えず、しかも放送時の提供クレジットまでそのまま収録するというこだわりぶり。つまり、放送当時の生々しい空気感まで追体験できるタイムカプセルのような作りとなっている。
雪田「そのまま…というと簡単に聞こえるかもしれませんが、実は思いのほか難航しまして。TVシリーズでも劇場版にしても、エヴァはこれまでに何度もソフト化されてきた作品。その度にバージョン違いが作られているので、膨大な数の素材が存在するんです。ソフト化にあたってはまずキングさんや当時の放送局だったテレビ東京さんの倉庫から素材を探し出すんですが、あまりに数が多いこともあり歴史も古いので、もはやどれが'95年放送時のマスターと同じ内容なのかを、確認せねばならないという(笑)。実際観てみないと判別できない素材がたくさん出てきて、その照合や検証にかなりの時間がかかりました」
藤森「たまたま弊社のスタッフに、'95年のテレビ東京で放映された番組の録画テープを持っている人間がいたため、解決することができました。素材を見ても確証が得られない場合は、それと見比べて検証したり。最終的には、『…なんか違うんだよね』というスタッフの一言で、元素材の間違いが分かったケースまでありましたね(笑)。特にバージョン違いが多い25話、26話辺りの作業をしていたときでした」